Live-Leaf

本誌紹介

第3号
〜コトバの深部〜

『幻視』を読む  まなうらのコトバ  清水かおり

  止まり木に鶸の屈託暮れ残る
  文鳥を握りつぶして薄暮かな    BS32号
 石田柊馬がBS(バックストローク)誌上で吉澤作品の詩性の追求に触れたことは、読者の吉澤作品へのアプローチにも変化をもたらすものである。もともと吉澤の言語空間に詩的な土台があることを多くの読者は感じている。が、言葉を駆使した実験的な句姿に吉澤自身のメッセージが押しやられることがあり、言葉の構築にすぎないのではと思わせる句もあった。勿論これは言葉を核にして作品を組み立てるという作者の望む方向でもあるのだが、掲出二句のように過剰さのない句姿の中で一瞬の心がそこにあることを表現したものが読者に感慨を残すこともある。ここでは「鶸」や「文鳥」が何かに呑み込まれていく存在のメタファーとして書かれている。吉澤はその存在が消失したあとの「屈託」という目に見えずかたちを問うこともできないもの、その「屈託」さえ消失したのちの形跡を言いたいのかもしれない。「握りつぶして」の鬱屈感が読者の眼差しを薄く覆う。
  戻り橋 鯨神伝説 水のおんな
  常世坂 産土の滝 童女羽化
 「一句で三つのことを書く」と題して湊圭史氏のHPに掲載された吉澤自身の構造論を当てはめると、「戻り橋」から「鯨神伝説」へそれぞれの物語性を経て「水のおんな」に収束するように思える。が、この「水の女」には「常世坂」の黄泉比良坂伝説へとゆるやかに繋がっていくイメージもあり、「産土」という信仰の繋ぎを経て「童女羽化」という産物を得るのだという二句一連の運びを感じた。ここでは「羽化」という言葉によって出生の境を書くことでまた常世坂への循環もある。つまり「桜闇鏡にうつらば異類とならむ」の「異類」への変貌が、伝説的に、人間臭く、神話の畏怖を孕みながら、生への執着と共に書かれているのだ。ただ、瞬間的な読みでは二句ともイメージの授受で終わる可能性があり、この叙法は言葉から言葉への空間処理に成否がかかっているので下手をすると言葉のドグマに陥る危うさは否定できないと思った。
  春琴の膝前に鑿しんしんと
  縄燃やす縄燃え残る瓜子姫
 「鶸」にしても「春琴」、「瓜子姫」にしても曳いている物語がある。そこに吉澤はなおも深淵へと何かを置こうとしている。「戻り橋」の二句と比べて読者に、読みへの希求がうまれる句だ。「膝前」でしんしんと冷えていく鑿の強靭さに同化しはじめる精神を他者の介さない世界として書き、瓜子姫と天邪鬼が表裏一体であるかもしれない二面性を「縄」に語らそうとする。ここに展開されているものは、やはり心の動きの形跡のようなものではないか。二号に書かれた「裸木のなおも形を脱ぐという」のように脱ぎ続けていく先に現れるもの、作者もそこを見ているのかもしれない。しかし、この脱ぐという意識と吉澤の言葉の構築志向とはどのように融合していくのだろう。意識の中の時間の流れや、かすかなロマン、断定の語法とその形象する世界が互いに濃密になったり打消しあったりしている二十句を一句にするような、気の遠くなる課題のようである。
  樹上の騎手それぞれの余罪
  遺失物係が覗くガラス頭
  左官来て蝶に自虐の白を塗る
 のような、よく整った句の提出もあるが、余罪や遺失物係、自虐の白に新しい発見を作者が望むふうでもない。現代川柳誌では佳句の位置にあるであろうこのような句は吉澤にとってどういう意味合いを持つのだろう。ここでは息継ぎのように置かれているにすぎない。
  茶会果て僧侶は肉を吊りにゆく
  翁面して押し問答の図である
  まなうらの宦官のまなうらのコトバ
 「僧侶」「翁面」「宦官」という道徳心を表す者たちがわずかに綻ぶ様を書いて客観とのバランスをはかろうとしている。茶会の僧侶は吉岡実の「僧侶」をふと思わせ、肉を吊るという生々しさが達観しえない寂しさを含む。硬直した社会の、しかも矮小な集合体と化した社会の規律から解放される人間=肉、と読むよりも「茶会果て」の「果て」にこめられたニヒリズムを強く感じる句である。押し問答もしかり、「図である」という措辞のその虚無性と、まなうらに棲む宦官の目を覗けば見えるかもしれない本質を傍観者として見つめる作者の視線は同じである。そして、
  ぬばたまの鈍器唾するをやめず
  春迷路禿の綾取りきりもなく
 などの「ぬばたま」という枕詞や「禿」の扱いは充分に吉澤らしさが生かされた句といえる。このような異類への二重性も先のニヒリズムも純粋に向き合うのちの一瞬の感慨であると感じさせるのである。
 虚構の中で人はどこまで虚構でいられるか。無数の「亀裂」がはいる現実の感覚が「幻視」のなかに存在する肉体のように見えるものに取り込まれ「窯変」する。もう元のものを取り出すことはできないかもしれないという、ふっと離れた視線を感じさせるような不思議な安息も読後にくるものであった。

Copyright 2010- Leaf All Rights Reserved.