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本誌紹介

創刊号
〜コトバへの挑戦〜

創造 vs. 想像  兵頭全郎

 三人のまとまった句を同時に見る、というのは面白いもので、句会・大会のような選別作業ではなく、純粋な比較検証ができ、心地よい緊張感である。初めての今回は、三人の特徴がはっきりと表れていた。なお今回の私の読みは、後記の文章「コトバの補助線」を基にしているので、ご参考まで。

 「楽土」と題された清水かおり氏の句には、4句目と12句目を除いて能動の動詞が並ぶ。その4句目
  天啓はやましい 烈しい雨にあう
を契機として、この楽土を積極的に進もうとするかのようだ。最初の句で「踵を削」られているようなので、既に戻れない状況(踵を返せない)でもある。さらにそれらの能動性の中には「しずかにしないか」「言い合へり」「あれは内緒と」「売られたし」と「対誰か」が見える。さてこの「誰か」を読者として探すわけだが、具体的な周辺の人物や、あるいは神や仏といった別物より、自分自身を想定した方がいいだろう。「眼窩に溜る雪」「額深く撃たれて」から亡骸ともとれるが、精神と肉体といった関係より、コピーロボットのように、自分と同じ姿をした者とそれを見ている者といった関係がしっくりくる。「冷えながら芒の禁忌」を言い合える者は自分以外にいないし、「頭上のおんどり」が叫ぶ来歴は自身のものだろう。そんな二人(一人?)が
  象形のたった一度をゆるませる
場所にきた。人類が言葉を持ち始めたころの、まだ絵に近い文字が、より記号化されたものに変化しようとする時期だろうか。本当の自分からコピーの自分が作成されるように、象形の文字が「中身は同じでも別のもの」へ変わる瞬間、「ゆるませる」という気持ちになったのだ。この心情はオリジナルの自分かコピーの自分のものか。ひょっとすると両者とも「私がオリジナルだ」と思っているかもしれない。そんな意識の格闘を想像した。

 畑美樹氏の「何処」は、かおり氏の能動性とは対照的に動きが最小限に抑えられている印象である。その分、心情面よりも状況の描写に興味をそそられる。
  虫を売る人のうしろに立っている
  ささやきながら蝶の背を押す
と、(邪道だが)短歌っぽく並びを変えると、異世界の露店の雑踏の温度や匂いが感じられる。これらの句では「うしろに立っ」たり「蝶の背を押」したりを読者として体感するより、客観的に観ていた方が愉快である。
 さらに目を引くのは、身体のパーツのオンパレードである。これらの肉体は、血の通った自身の体のパーツというより、単体として、ただそこに存在するモノとして描かれている。切り離された痛みなど感じず、例えば着ぐるみを脱いだあとのような感覚。だからこそ、大腿骨「の」ありがとうを素直に聞けるし、耳たぶも慌てずに水平に運べる。「マザーAからマザーB」では、本来唯一の母体であるはずの「マザー」が別の「マザー」との間で耳を取引するというかなりの緊急事態のようだが、それでも沈着冷静なやりとりが見えて、奇妙な時間の流れを感じることができる。
 しかし11句目以後「鯨・カラス・ほろほろ鳥・猫」と立て続けに動物が出てくると、急に肉感的な読みに変えられる。これは明らかに自分とは別の実体を見せられることで、その傍にある身体パーツが自身のそれにシンクロせざるを得ないからだろう。ほろほろ鳥に盾にされる「肉体」は、痛い。

 【破】【転】【容】の三部構成の吉澤久良氏。漢字の使い方に特徴のある氏だが、今回気付いたのは「の」を多用していることだ。「陽盛りの虚無」「繭の痣」「群青の言霊」などなど、一つ一つの単語の重さをさらに増強している印象である。この手法は、先の二人と比べて読みの自由度という点では狭くなり、より作者の世界観を探る努力をしなければならない。
  ○擦過傷 □花ざかりの森 △忘れ水
  △繭の痣 ○接着する指 □ガラスの象
  □ゼラチンの鳥 ○まくれる顔面 △神の脱け毛
 これらは「自身の身体的負荷(○)」「他者の痛み(△)」「特質(偽)の物体(□)」という構造の句である。身体的負荷は他人のものとも取れなくはないが、先に書いたように別の実体が描かれることで、その負担はより自らに近くなる。さらに三つの事象が一字あけによって一句に置かれることで、これらが循環をはじめる。通常、句の中の言葉は上句から中〜下へと順に(遠近や経時変化、振り〜乗り〜落ち、等)並ぶはずだが、これらの句では順列は意味をもたない(ガラスの象や神の抜け毛が何かの結果や落ちとは思えない)。三つの語句で囲まれた空間を彷徨い、度々出会う負荷・痛み・異質を味わされることになる。
 吉澤氏はカタカナの語感が苦手なのだろうか。ピンクの杭やビニールホースなど、漢字の選択に比べてやや安直な感が否めない。取っつき易い分、読者へのサービスともとれるが、他の文字空間の中でカタカナの部分だけ接着剤が合っていないようだ。

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