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本誌紹介

創刊号
〜コトバへの挑戦〜

たんたん。  畑美樹

 〈たんたん〉としている。それは、淡淡であり、耽耽でもある。
 セレクション柳論の中で、兵頭は「正しい誤解」と題して書いているが、現在の句への立ち向かい方も、その論の上に立っているように思える。あるいは、さらに錯覚と誤解の発生装置としての句形を求め、その論からはみ出す勇気を、読み手に投げかけているようにも見える。そして、さらに、句の中に、他者の存在を消すことを課しているようにも。それが何を意図するのか。それが〈たんたん〉というイメージとどこで重なるのか。
  目ニハ青葉ハハと赤子の口動く
 「ハ」と「ハ」の乾いた連なり。多くの人はあの有名な一句【目には青葉山ほととぎす初鰹】を連想するだろう。しかし、あの初夏の香りあふれる一句の空気感を漂わせながらも、「ハ」の音と表記によって、その空気は一変。ハハは「母」であるのか、それとも、笑い声の「はっはっ」であるのか、それとも「葉っ葉っ」であるのか…。やがて、そんな誤解や錯覚が空虚に思えてくる。
  かたことかたこと山並みの寝姿
 山並みといえば、山岳を指す。その姿に、「カタコトカタコト」という小さな生存音を聞いているのだろうか。それとも、「片言」のような、あどけなさを見ているのだろうか。もしかしたら、連なる山岳ではなく、山のような寝姿であるのか…。
 そうした仕掛けを解くことを止め、○けいよう○の4句を眺めてみる。と、「波」「輪」「寝」「相談」—どの句も落ち着くところは、永遠に終わりのない場所。答えのない場所である。兵頭が仕掛ける誤解と錯覚、そこにたゆたう空虚の先には、〈たんたん〉とした永遠、抗いようのない永遠が存在するのかもしれない。ゆえに、空虚であり、ゆえに、誤解と錯覚を繰り返すしかないのだ。
 では、永遠とは何か。
  横線二本 オーロラのなる木を抜かん
  楕円の影 いざ銭湯のおとなりさん
  傾く筒 ひきだしサイズのドラえもん
 今回の句群の中で、私はこの3句に最も兵頭を感じている。遠い北の国の空に描かれるオーロラと、手を伸ばせばここにある一本の木。地球をただただ周り続ける衛星が楕円の軌跡を描く空の下、静かに煙を吐く銭湯の町。海の向こうで日本に向けられている弾頭と、心の中にいつも持っているドラえもんのポケット。
 たとえば、冬の空に輝くオリオン座は、地球から見れば、一枚の平面に描かれた竪琴の絵のように見えても、宇宙に漂いながら見れば、そこには何光年もの奥行きがあり、全く関わりなく存在している。竪琴の形に見えるのは、地球というただ一点からのみだ。
 拡散を続けているという宇宙のように、兵頭もまた、終わりなく繰り返される永遠を追いかけ、そして、オリオン座が形を結ぶある一点に恋焦がれているのかもしれない。オリオン座は、地球という一点からのみのrealであって、大方の宇宙からすれば、unrealである。
 そして、その一点を探しに訪れるトロイア。
 ギリシア神話に登場する神々をもてあそぶかのような、足運び軽やかな回遊である。この句に次々に登場するギリシャ神話の神は、私にとってはほとんど初対面に近いから、その正体を調べながら読んでいった。しかし、調べながら、ふっと空虚感に襲われた。これは、兵頭の仕掛けではないのか。神話の神の名や正体を知ったところで、行き着く場所は用意されていないのではないのか。
  カドモスの土産を高く高く積む
 カドモスの土産など実在はしないのだ。この世に存在しないものを高く高く積む。存在しないものを、言葉によってあぶり出す。unrealを高く積み上げる孤独な兵頭の作業は続く。句群に、他者の存在を感じさせないことも、ここでようやく納得できた気がした。
 「空間」5句。雑詠に底流する永遠の空虚さとはうってかわって、そこには存在が見える。テーマとして取り組む時と、雑詠として句群を構成する時。雑詠とはいえ、タイトルをつけ、一定のイメージに収斂させようとするはずで、その違いをどう際立たせるか、私自身悩んだところでもあった。けれど、この「空間」5句は、明らかに雑詠と分けて書かれている。
 草原に一人寝転び、自然と自己の存在、関係を認め、
  手でハート宇宙などステレオタイプ
 仰向けのまま手を空にかざしてハート型を作って、自己の内なる宇宙、すなわち、こころと対話する。そして、
  始末したあとへ時間の種をまく
 よっこら、と立ち上がり、過去を洗い、自己の未来への一歩を始めんと。ここには、雑詠の句群には居なかった他者を感じる。さまざまな仕掛けで、言葉の永遠と空虚を探る兵頭だが、ここでは、自己が在る空間を認めることで、永遠の中から、ただ一瞬の時、ただ一瞬の画、を切り取ったかに見える。
 〈たんたん〉とした姿勢を崩さないことに、今は力点を置き、言葉の仕掛けを積み重ねながら、言葉からの仕掛けを待つ兵頭。しかし、この「空間」5句に見え隠れするものは、これからの仕掛けの変容を予感させる。

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