251659 | HOME | MASTER | DEL | LOG | SEARCH |

Live-Leaf BBS


おなまえ (必須)
タイトル (必須)
メール
URL
文字色  削除キー
メッセージ
 (必須)
投稿キー ( ← 4762 を入力して下さい。コメントが消えてしまいます。) (必須)

[No.124] 発送しました from: 全郎 [MAIL] 2011-08-05 (fri) AM 01:46:38

お待たせいたしました。
木曜日にメール便にて4号の発送をいたしました。
2〜3日で届くと思いますので
送付希望の方で、数日経っても届かないという方は
全郎宛にご連絡いただければと思います。
よろしくお願いいたします。

名前 / 削除キー / 文字色 / 投稿キー (4762)

[No.123] 発送遅延のお詫び from: 全郎 [MAIL] 2011-07-29 (fri) PM 01:49:12

4号の発送が遅れております。申し訳ございません。
当方、別件で準備に手が回せない状況です。
8月早々には発送が出来ると思いますので
もうしばらくお待ちいただきますよう
よろしくお願いいたします。

名前 / 削除キー / 文字色 / 投稿キー (4762)

[No.122] 4号 from: 久良 [MAIL] 2011-07-18 (mon) PM 09:19:03

『Leaf』4号、ようやくできました。
「3号雑誌」の汚名はまぬがれることができました。

お会いできた方には手渡しできました。
郵送の方はもう少しでお手元に届くと思います。
少々お待ち下さい。

名前 / 削除キー / 文字色 / 投稿キー (4762)

[No.121] ピンチヒッター from: 久良 [MAIL] 2011-07-16 (sat) PM 08:02:29

7月15日号の「詩客」の俳句時評を湊さんが担当しておられます。「ピンチヒッター」とか言うことらしいですが、いきなりで驚きました。あちらこちらに出没する人です。フットワークが軽いですねえ。
時評は、「詩」や「文学」について軽妙な筆致で書いておられます。「俳句時評」なのに、川柳を二十句挙げて、俳句を一句も挙げていないのは笑いました。したたかな確信犯でしょうか(笑)
同じ号で私も鼎談に参加していますので、そのついでにのぞいてみてください。湊さんほどの軽やかさはありませんが(笑)。

名前 / 削除キー / 文字色 / 投稿キー (4762)

[No.120] 時実新子 from: 久良 [MAIL] 2011-07-13 (wed) PM 09:40:57

宣伝というか、報告というか。「戦後俳句を読む」で取り上げた時実新子の句は以下の通りです。もし興味がおありでしたら、「詩客」をのぞいてみてください。

〈第一〜三回 「私の感銘句三句」〉
妻をころしてゆらりゆらりと訪ね来よ 
なわとびに入っておいで出てお行き 
ブランコの綱切れるのを見に急ぐ 
〈第四回 「死」〉
花火の群れの幾人が死を考える
〈第五回 「風土」〉
罪あればあかつきの汗満身に 
〈第六回 「色」〉
どこまでが夢の白桃ころがりぬ
〈第七回 「音」〉
掌の中に響き鳴く蝉握りしめ

名前 / 削除キー / 文字色 / 投稿キー (4762)

[No.119] 「詩客」報告 from: 久良 [MAIL] 2011-07-11 (mon) PM 09:24:16

 今、「詩客」というサイトの「戦後俳句を読む」という連載に参加しています。時実新子の句を担当していますが、こういうことがなければ、新子の句をしっかり読むということはなかったと思います。すでに6回分が公開されています。「死」「風土」「色」「音」など、その回ごとのテーマがあり、それに合った句を一句選んで、1000字程度の短文を書いています。対比などの必要があって複数の句を挙げるときもありますが、なるべく取り上げるのは一句だけにして、その一句について鑑賞する形にしています。話が拡散しないようにということもありますが、実は一句だけの鑑賞でどれだけ書けるかという自分の読みの練習という気持ちもあります。複数の句を挙げれば、書くのはもう少し楽になりますが、そうではない形を試してみようと思っています。
 時実新子は情念の作家というイメージで、今まで何となく敬遠していました。しかし、実際読んでみると、たしかに情念の重い句も多いですが、やはりさすがに優れた句があります。ジェンダーの面から評価される(あるいは評価されない)ことが多かった新子だと思いますが、それ以外の面からの評価ができないかと思っています。既成の新子増とは違う、自分なりの時実新子像を作れればいいなとこっそり目論んでおります。一人の作家をじっくり読み、しかも二週間に一回レポートを提出する(学生みたいです)というのは、やはり勉強になります。

 同じく「戦後俳句を読む」というコーナーに、「戦後俳句史を読む」という鼎談が掲載されています。筑紫磐井さん、堀本吟さん、北村虻曳さんの三人が、戦後の俳句史の様々な問題を取り上げて意見交換するという企画です。「戦後俳句を読む」は18人の執筆者の文章が2回に分けて掲載されますが、そのそれぞれの回の2回目の最後に「戦後俳句史を読む」という鼎談が掲載されています。すでに第五回まで公開されていますが、第六回から私も参加させてもらっています。第六回は7月15日公開予定です。テーマは「私性」で、俳句と川柳の問題を付き合わせるという形になっています。私自身が川柳史のことをわかっているのかというと、かなり疑問なのですが、まあ自分の感じたことを書くしかないだろうと居直っています。川柳と俳句の「私性」をテーマにしたこの鼎談はかなりの分量になっており、何回か続く予定です。いろいろと考えさせられることが多かったです。川柳史をわかってしゃべっているのではありませんので、私の思い込みや勉強不足などが多々あると思います。役不足は重々承知ですが、川柳の誰かが川柳以外に向かってアピールすることも何らかの意味があるかと思います。いろいろご教示いただければ幸いです。また、ご感想などがありましたら、「詩客」のサイトにでも、この掲示板にでも、書き込みしていただければありがたいです。

名前 / 削除キー / 文字色 / 投稿キー (4762)

[No.118] 「Leaf」4号 from: 久良 [MAIL] 2011-07-10 (sun) AM 10:07:21

「Leaf」4号は、再校も終り、現在製本中です。
7月当初発行のつもりでしたが、少々遅れました。
すみません。

4号の特集は「『超新撰21』の五句」です。
テーマ詠のテーマは「価値」で、外部から野口裕さんに参加していただきました。
もうすぐお手元に届くと思います。

名前 / 削除キー / 文字色 / 投稿キー (4762)

[No.117] 評価の違い from: 久良 [MAIL] 2011-07-05 (tue) PM 09:34:36

この掲示板は敷居が高い、との声を聞きます。
そうだろうな、と思います。
ふと感じたことも書いていってもいいのでしょう。と言っても、身辺雑記ではありませんが。

川柳誌『ふらすこてん』の選評欄を担当して、そろそろ二年半になります。『ふらすこてん』では、選評を、主幹の筒井祥文さんと顧問の石田柊馬さんと私が担当しています。その三人の選評を読んで、編集の兵頭全郎さんが感想やら意見やらを書いています。一つの句に対して、四人が読むという形は他ではないと思います。おまけに、湊圭史さんがブログで選をしてくれています。贅沢な話です。

ところが、それぞれの選評が噛み合わなかった時、噛み合わないまま流れてしまいます。噛み合わない理由は、それぞれの川柳観が違うこと、読む力に差があること(私はまだまだです)、議論を戦わせる環境がほとんどないこと、…。さまざまな理由があると思います。もったいない話です。
しかし、一つの句に対して、異なる評価が公にされること自体、大きな一歩ではないかと思います。
『Leaf』で互評をしているのも、同じような発想です。異なる評価が噛みあって議論になれば、さらにもう一歩進めるんだろうな、と思います。
大きな宿題です。


名前 / 削除キー / 文字色 / 投稿キー (4762)

[No.116] 「杜人」2011号 from: 久良 [MAIL] 2011-06-28 (tue) PM 09:41:21

「杜人」2011夏号が届いた。
大友逸星さんの追悼号でもあるし、東日本大震災の「実録・あの日あの時、私は」の特集号でもある。「杜人」の同人の方々にとって、過酷な号だったと思う。読む方にとっても重い一冊である。パラパラと開いてみたが、気合を入れなければ読めない。じっくり読ませていただこうと思う。

名前 / 削除キー / 文字色 / 投稿キー (4762)

[No.115] from: 久良 [MAIL] 2011-05-14 (sat) AM 11:16:26

飯島さん、書き込みありがとうございました。私も五句選をしましたが、面白いのは、湊さんと飯島さんが一句だけ、飯島さんと私が一句だけしか重なっていないことです。湊さんと私とは一句も重なりませんでした。それだけ、全郎さんの句の評価はぶれやすいということでしょうか。全郎さんの句の場合、一句一句に詠まれた意味あるいはメッセージは何か、というアプローチはあまり有効ではないので、読みは難しいですね。私自身もあまり意味性の句は書いておらず、かといって全郎さんの書き方とも違ってイメージの句を書いていますので、その視点からのアプローチということで書かせてもらいます。

予感より長めの糸が運ばれる
 倦怠感。この句を読んで、こんなことを感じる人はほとんどいないでしょうね。事態は自分の予想通りにはならない。その食い違いに対して、事実(もちろん句という虚構の中の事実、ですが)の描写だけに終って一切の評価はない。違和感もイライラも書かれていない。さらりと読み流されそうな句ですが、五七五の形にきちんと嵌め込むことによってさりげなく余韻を感じさせます。形を上手く利用しているなあと。

飛び込み台から誓詞の渦のぞく
 「台詞」「祝詞」「誓詞」「結詞」の「コトバ」の四句の一句。
「飛び込み台」ですから、下を覗く位置にはもちろん手すりや柵はありません。不安が印象付けられます。しかし、下に見える「誓詞の渦」は、好奇心をそそるものなのでしょう。不安と好奇心とで葛藤しながら、でもこわごわ覗いている心理のみずみずしい一瞬をうまくとらえています。この句は全郎さんの作品にしては、割合鮮明に意味性が出ています。

飯島さんがふりがなのことを書いておられますので、中村富二の実験を紹介しておきます。

流れ来ては生首止まる パン屋の秋   中村富二
生首の花咥えたる花屋かな

一句目の「生首」には「マルクス(実はキリスト)」、二句目の「生首」には「コイビト(実はケネディ)」とルビがふってあります(これは小池正博さんの「1+1通信」第3号からの孫引きですが)。うーん、あまり成功しているようには思えませんが。

対岸に乳白色の流れ 黙読
 これはイメージの句。「乳白色の流れ」は霧のことかなと思います。もちろん、このようにこの句語が何のこと、と当てはめる必要はないのですが。作中主体は「対岸」を見ているが、そこには「乳白色の流れ」があり、よく見えない。「対岸」は未来ととっても、他者ととっても、もう一人の自分ととってもかまわない。とにかく不可知のもの。ここに一字アケがあるので、意味のつながりは切れます。だから例えば、「対岸に乳白色の流れ」から「黙読」するという論理的関係にはならない。そういう不可知なものを前にして、しかしそれとは無関係に作中主体は「黙読」する。ここが無音であることがうまいなあ、と思います。感情が排除されて、淡々としたイメージに収束します。自己の思いの表出を目指さない全郎作品ゆえの余韻でしょう。

真空へ閉じる緋色の硯箱
 「緋色」から、コナン・ドイルの「緋色の研究」とか、ホーソンの「非文字」などを連想してしまいます。もちろんこれは私の偏りでしかありませんが、一つのコトバに対して個人的な様々な蓄積があって、それに影響されることを実感します。だから、私は「緋色」にある種の激しさ、背徳、悪などのイメージがつきまとってしまいます。まあ、もともとおとなしい色ではありませんが。一句は「緋色の硯箱」に一度は収束するのですが、それは「閉じ」られ、「真空」に拮抗できず、結局大きな「真空」に呑み込まれていく。茫洋とした読後感。そんな循環構造に読みました。飯島さんが「体言が錘になることで、抒情性とはまた違う読後感がありました」と書いておられますが、その「読後感」とひょっとしたら通じるものがあるかもしれません。
 
跡だけを残しイキモノシャララララ
テーマ詠「価値」の句。「イキモノ」は「跡だけを残し」であるから、実質的に何も残っていない。「シャララララ」ははかなさかとも思われたが、ここに情緒を読むことはあるまい。意味をもたない音だけが軽く流れる。これを軽薄と取れば批評性との読みもできるが、そこまで読む必要はないのでは? カーペンターズの「イエスタディ・ワンス・モア」?

拙句についてもコメントいただき、湊さん、飯島さん、ありがとうございました。

追加で。
以前この掲示板でお知らせした詩歌梁山泊の「詩客」のアドレスが変更になりました。連絡しておきます。
ttp://shikaryozanpaku.sitemix.jp/
(上記のアドレスの頭にhをつけて検索してください。)

久良 タイトル「兵頭全郎さん五句選」付け忘れました。 [H] [M] 2011-05-14 (sat) PM 09:39:55

名前 / 削除キー / 文字色 / 投稿キー (4762)

前ページ 次ページ


エース